昔のシンガポールでは、高等教育を受けるのも、仕事の場で高い地位に就くのもほとんど男性だった。しかし、欧米社会の影響で、シンガポール人の考え方が変るにつれて、女性がいろいろな場で平等な待遇を求めてきて、シンガポールは能力主義社会になった。だが、いくら能力主義社会とは言っても、「男性の方がずっと給料が高いよ」などと、不公平に思う女性はまだまだいる。
同じ人間として、女性はどうして平等な待遇を求めるかは理解できるが、男性と女性には元々異なるところが多く、それだからこそ、「男性」や「女性」といった言い方で分けられることになったのではないだろうか。
世の中には、女性にしかできないことがあり、男性のほうがふさわしいこともある。例えば、いくら男性が構わなくても女性の代わりに子供を産むことができないのだ。さらに、もし女性がそんなに不公平なところがまだまだあると思っているのなら、男性と共に兵役に服したらどう思うのだろう。
現実には、本当の平等というものがなく、あくまで理想だと思う。しかし、理想とは言え、より公平にできるものは、ないわけではない。私たちは、何が公平なのか、何が不公平なのか、それを考える前に、まず男性と女性はそもそも違うものだと認めるべきだ。そうしておかないと、「真の公平」というものは遥か遠い空の向こうにあるぐらい、なかなか手が届かないものだと思う。
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